anecodote11宮廷画家
宮廷画家
逃げだそうとした時には遅かった。
ゆったりと椅子に座る男から視線を逸らし、キャンバスの上に筆を二筋、走らせてから目を戻した。その間に男は立ち上がり、エレスチャルは逃げるタイミングを失った。
恐ろしいほどに青い瞳をエレスチャルは直視できず、その場に片膝をついた。
「おゆるしください」
言葉は間違っていないはずだ。
「・・・」
しかし男から返事はなく、エレスチャルは手に持ったパレットと筆を大理石の床に置き、手をついた。
「どうか・・・」
言った声が震えた。
ずっと知っていた。
こうなることは分かっていた。
肖像画の依頼が来る前、エレスチャルが男を侯爵だと知らずにケンカを売ってしまった時から決まっていた。
「あっ」
腕を捕まれ、その痛みに青すぎる男の瞳を真正面から見てしまった。
「分かっていたはずだ」
男が言った。
「絵が・・・」
「私がいなくとも私が描けるまで私を知るがいい」
「んっ・・・」
唇を重ねられ、エレスチャルの体から力が抜ける。
知っていた。
全部、分かっていた。
こうなると知っていて、分かっていて、エレスチャルは仕事を受けた。
「初めてじゃない」
キスを終えた息苦しさを理由に顔を伏せた。
「九歳で工房に入ってから・・・んっ・・・んんっ」
激しく口づけられ、言葉を最後まで言えなかった。
画家になりたくてなったのではない。
売られた。
口減らしの為に手先が器用だったエレスチャルは工房の下働きになった。
もちろん住み込みで、家に帰ることなど出来ない。
九歳から二十年経った今まで一度も家には帰っていない。
工房の下働きの間は女を買う金のない兄弟子の夜の相手もさせられた。
それは当たり前のことだ。
誰もが経験することだ。
「あっ・・・やっ!」
その場で犯されれば、いつものことだと嗤えた。
身分の高いヤツは物好きが多い。
エレスチャルは経験がなかったが、屋敷を飾る工芸品を作る片手間に貴人の愛人をしている人間もいる。
だから・・・
抱き上げられた体を寝室に運ばれるのだと知って戦慄した。
ただ排泄のように催したから、その場にいた奴隷のように身分の低い画家を犯す訳ではないと分かって体が濡れた。
「お止め・・・下さい・・・」
ベッドに下ろされ、召使いたちに嫌味を言われるのを分かっていて、白いシーツを油絵の具で汚れた手で握りしめた。
「わたくしは侯爵様の・・・」
「ターコーズだ」
「やめっ」
ベッドへと上がってくる男からエレスチャルは後じさった。
「来る・・・な」
男を知っている。
小さい時から知ってる。
身分を隠して下町を我が物顔に歩いていた男。
ずっと友達だと思っていた男。
男がエレスチャルの前からいなくなったのは豚小屋で兄弟子に後ろから犯されているのを見られてからだ。
その前にケンカをした。
最初に出会ったのもケンカだった。
「やぁ・・・」
体を丸めようとして許されず、男の体の下に抱き込まれた。
男からの良い香りが、エレスチャルの体に染みついた下町の匂いを鮮明した。
「お前だけはイヤだ」
何度も言って、その度に激しい口づけを受けながら、声が出なくなるまで抱かれた。
王妃からの絵の催促状を楯に工房の者が迎えに来るまで屋敷にエレスチャルは留め置かれた。
その間、毎晩、侯爵に抱かれ、屋敷を出る前に内股に侯爵家の焼き印を押された。
エレスチャルは侯爵の奴隷になった。
2008/03/26 fin
2008/03/26 08:26 | anecdote | COMMENT(0) | TRACKBACK(0) TOP





