親分
「親分か」
御茶屋の襖を順番に開けていく音を聞いていたはずなのに、慎之介は寝乱れた姿で卯吉を見上げただけだった。
「若様、何をしていなさる?」
分かっていて訊いた。
ここは出会い茶屋。
「おっ俺は・・・」
「おう。またな」
慎之介の腕からすり抜けた少年の肌の白さに吸い寄せられそうになる視線を卯吉は赤い絹布団に、だらしなく座った慎之介に注ぎ続けた。
ここは陰間茶屋。
男が男を買う処。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう?
ちょっと前まで、慎之介は悪所通いとはいえ、ちゃんと女を買っていた。
「若様」
卯吉が怖い顔をするだけでよかった。
いつか落ち着く。
もうすぐ落ち着く。
もう一段、男が成長する為には仕方のないこと。
まだ慎之介は若い。
嫁でも貰えば・・・
そんな話を卯吉は御隠居としていた。
長崎奉行として赴任している当主が帰ってきたら慎之介の祝言をあげさせる。
慎之介に相手を選ぶ権利はない。
選ぶは御隠居であり、当主だ。
大旗本の家柄。
本当なら卯吉などが姿を見ることもできないような身分の方々だ。
卯吉には恩がある。
御隠居に拾われた。人がましく生きる術を教えて貰った。
今は江戸から遠く離れた長崎にいる当主は年が近く、卯吉と身分を超えて付き合ってくれている。
その御隠居の孫。
その当主の嫡男。
卯吉にとっては自分の子以上に大切な人だ。
「さあ、帰りましょう」
腕組をして旗本の御嫡男を見下ろすなんて、こんな場所ではなかったら打ち首モノだ。
「おいっ!見てるんじゃないよ。あっちへ行きな」
陰間の少年が去った襖が薄く開いているのを卯吉は最初から知っていた。伺っているた店の者がいなくなるのを気配で感じ、卯吉は肩の力を抜いた。
「慎之介さん・・・」
言おうとした言葉を慎之介が手を挙げて制した。
今、口にしようとした言葉を卯吉は、それだけで忘れた。
「なあ」
言った男は生まれた時から知っている慎之介だろうか?
不安になってしまうほど慎之介は「男」になった。
現当主が奥方を迎え、男の子が生まれるまでは卯吉は嫁を貰わないと決めていたら、自分の子供たちは小さい。
女ばかり三人も生まれた。
十手を預かる身として貫禄も付いてきた。
このまま、平穏無事に年をとっていくと思っていた。
「卯吉」
「っ」
慎之介の指が卯吉の足袋の上に触れた。
「もう終わりにする」
俯いた若侍の月代が、ほんのりと青い。
「一度だけ」
すーっと男の指が足を這い上がってくる。
今日は御用ではないから、股引きをはいていない。
着流し姿で来てしまった。
子供のころから知ってる男の指が触れた場所だけが冷たく感じるほどに体が熱くなった。
下帯の上から指が触れた。
「わ・・・か・・・」
「父上にされたかったか?」
「なっ」
気が付いた時には慎之介の肩を足蹴にしていた。
「何ぬかすっ!」
怒声をあげ、睨んだ男は布団に転がったまま、顔を伏せていた。
気が付けば、慎之介は最初から卯吉の顔を見ていなかった。
どうして、こんなことになってしまったのだ?
卯吉は自分の足らぬ頭を呪いながらも下手人を引っ立てるようにして慎之介を家へと送った。
「若様、早く奥方を貰いなせぇ。そして子供でもできりゃ・・・」
「お前が俺に抱かれたら、嫁を貰ってやる」
捨て科白を吐いて、大きな子供は門の中へ消えた。
「ちきしょー」
空っ風が慎之介の触れた肌に凍みた。
2007/11/16 fin