剛毛
面接の時から、おかしかったのだ。
今思えば。
二流大学の工学部機械工学科を卒業した俺が、超一流企業の開発課に博士号も持たずに入れたのを変だと思わなかった自分を呪いたい。
「今年、開発部全体で入社できたのは俺だけなんだ」
家族にも友人にも自慢した。
「君の入社を待っているよ」
いろんな人に言われた。
「噂の君か」
内定決定後の会社訪問で笑顔で言われた言葉を良い方にとった俺は若かった。
東京での入社式、本当に日本国内かも怪しいと感じるほどの陸の孤島での三ヶ月の研修、その後、本社での事務見習いを経て、やっと配置された開発課初日一日目で俺は号泣した。
物心ついて初めて人前で涙が滝のように流れ出た。
「ふんっ!」
止まらない涙を必死で隠そうとする俺を白衣を着た女は嘲笑った。
「意気地のない。さっさと泣きやみなさい」
女の白衣の胸に下がった佐伯愛子と書かれたネームプレートの肩書きは主任だ。
さっきまで笑顔だったのに。
キレイな人だと思ったのに。
ちょっと憧れたのに。
佐伯女子を恐れてか、うずくまった俺の肩に手を置いた二人の男も何も言わない。
井上さんと橘さん。
どちらも三十代とおぼしき二人は俺に開発課の案内を午前中いっぱいかけてしてくれ、昼食まで共にしたのに、このことを何も言わなかった。
裏切り者め。
涙の止まらぬ俺は座らされた椅子から転げ落ちたまま、体だけでなく、心も立ち直れずにいた。
昼食が終わり、開発課小型家電開発第一チームと名付けられた俺の所属することになる部屋でパイプ椅子に座らされた時に逃げるべきだった。
どうして分からなかったんだ?
こんな思いをするくらいなら・・・
「辞めないよね?」
井上さんか、橘さんか、どちらかが不安そうに言った。
「辞める訳ないじゃない。この子は、うちのホープよ!」
女が即答した。
ホープ?
こういう意味で?
「みんなが通ってきた道だからね」
俺の肩を撫でる井上さんか、橘さんが優しく言う。
どんなに優しくても裏切り者たちには違いない。
最初に教えてくれていれば俺も覚悟は出来たのに。
いや逃げられたのに。
昼食が終わり、パイプ椅子を勧められ、座った俺に「開発途中なの」と笑顔で女が近づいてきて、井上さんと橘さんが俺の足元に跪いた。
そういえば井上さんも橘さんも、このチーム部屋に入ってから一度も目を合わせてくれなかった。
「ちょっと試させてね?」
甘い香りを漂わせた女の笑顔に気を抜いた俺が悪いのか?
「はい」
何も分からずに了承した俺が悪いのか?
井上さんと橘さんは俺の言葉を聞くやいなや俺の片足を二人で持ち、ズボンの裾を持ち上げた。
「え?」
抵抗する間もなく、俺は絶叫したのだ。
「早く泣きやみなさい。毎日のことなんだから慣れないとダメよ」
女は恐ろしいこと言った。
毎日?
俺の言葉が聞こえたみたいに女が言葉を補足した。
「あなたの毛深さを入社前から私たちが、どれだけ待っていたと思うの?男性用脱毛器の開発は、あなたにかかってるのよ!」
こぶしを振り上げて女が叫び、井上さんと橘さんの腕が目に入った。
・・・毛が薄い。
「いい?自分で剃ったり、抜いたりしたらダメよ。この二人みたいに毎日、実験台になって薄くなるまでがんばって貰いますからね」
やっと井上さんと橘さんが目を合わせくれた。
「・・・」
無言で頷く二人に俺は一瞬、痛みを忘れた。
しかし、その邂逅は女の声に破られた。
「何やってるの?早く電源切ってあげないさい。血が出てるわ」
「はいっ」
電光石火のイキオイで井上さんか橘さんが機械の電源を切ってくれたが、俺の涙は止まらなかった。
「うーん。スネ毛に絡まって動かなくなったわね。しかも電源を入れたままにしておくと抜こうとする力は働いているから皮膚ごと剥がれそうになってるわ・・・難しいな」
先ほどまでウィーンウィーンいっていた俺のスネ毛に絡まった機械を詳細に見た女は去り際に振り返って言った。
「写真を撮るのを忘れないで」
辞めてやる。
俺は女の背中を睨み付けながら誓った。
「毛が薄くなるまでの辛抱だからね」
「今、辞めたら就職活動たいへんだよ」
俺の心を見透かしたように井上さんと橘さんが話しかけてくる。
「ここより良い条件の就職は難しいよ」
「毎日、抜いているうちに慣れてくるよ」
最後に二人は声を揃えて言った。
「痛み止めあるよ」
くそーっ!!!!!!
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